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Aimelka

自分を後回しにする選択は、もう、やめましょう。人生は選択の連続。全ては本人自由意思です。

人生は選択の連続です。
進路や結婚など大きな選択をイメージしてしまいがちですが、今回は日常の小さなものについて、考えてほしいなぁと思って書いています。


今日は何を食べましたか?


ねむーい…あと5分寝よう、今日はこれを着よう、寝る時間減るけど、もう少し動画見よう・・・も、自分の意思で選択したものです。ランチに誘われて、一緒に外で食べようと決めるのも自分。メニューから選ぶのも自分。たとえ他の人の選んだものにつられてランチを選んだとしてもですwww。作ってもらったご飯でも、どれをどのくらい食べようかも自分で決めていることなのです。日常では四六時中選択をしている状態ですね。どうせ選ぶなら自分の好きなものや楽しいことを選んでいきたいですね。

これは私がやらないと…自分で頑張りすぎる癖。自分は大丈夫…自分を後回しにする癖


仕事絡みで出会う人の中に、かなり疲弊していたり、気持ちが追い込まれている人が多いです。特に最近は度を越しているケースが多く感じます。みなさん責任感もあり、責務を全うしようとすることは、対価(お給料)をもらうからには当然と言えばそうですね。また、子育てに追われていても、まわりの十分なサポートがなく一人で背負って奮闘している人も多いです。とは言え、心や体を壊していくのを鑑みると、やっぱり何かが違うなと感じます。


「体を壊してまでする仕事はない」「仕事は代わりがいるが、家庭に自分の代わりはいない。何が大切か間違えないように」・・・

私が心に留めている、上司の言葉です。私が必要と思った人には、これらの言葉をかけています。二つ目は、産休直前なのに夜遅くまで働いている子に、上司が伝えた言葉です。誰かに言われないと、気づけないことは多いですね。


他人を労る人は多いと感じますが、自分に関しては、「これは私がやらないと」とか、「これくらい自分は大丈夫」と思ってしまう人は、ものすごく多いですね。なぜ、自分は大丈夫なのでしょうか。どうして自分を後回しにしてしまうのでしょうか。

今の状態は、自分の意思の選択で造り上げたもの

これは自分の反省も込めて書いているのですが、今年に入ってから仕事が忙しく、4月に業務内容が変わってから更に悪化して5月、6月限界を越えて心身ともに壊れました。なんでこんなになるまで、私は自分を放っておいたんだろうと反省しています。とは言え、「この仕事を今日中にやらなきゃ」とか、「●時までは仕事しよう」とか、心と体が悲鳴をあげていても、置き去りにして、仕事を選んだのは「私の自由意思」なのです。誰かにナイフで脅されていたわけではありません。確かに目に見えない仕事のプレッシャーに脅されていたとは思いますが、それも鑑みて答えを出したのは自分です。結果は私が造り上げたものなのです。いわゆる、自業自得ですね。自分で蒔いた種を自分で刈っているのです。でも、今回の収穫はしんどかった~

と言うことは、見方を変えると、自分の意思次第で、いくらでも状況をよい方向に変えることができると言うことでもあります!そして、その”変わろう”、”変えよう”と決意するか否かも「自分の自由意思」なのです。

自分で自由に決めていいのです。自分で決めなきゃいけないのです。


私の関わっている仕事は、「治験(臨床試験)」です。昔は話してもあまり知っている人はいませんでしたが、コロナで認識された方は増えたかなと思います。治験に参加する際には、必ず「同意説明文書」と言うものを渡され、説明をしっかり受けます。その中には”予測される利益(効果など)”と”不利益(副反応など)”もしっかり書かれていて、全て説明を受けた上で「本人の自由意思」で参加をするか否かを決めてもらいます。そこには、例え断っても、きちんと別の治療をちゃんと行うので断っても大丈夫ですよ、不利益を受けることはありませんよーってことも書いてあるのです。ご家族と相談されたり、時間をとって考え、患者さんは参加の可否を決められていますが、家族会議の結果、参加しないと決める方も多いですが、中には家族に反対されたけど、参加すると決める患者さんもおります。全ては本人の自由意思です。特に治験の場合は、過去に人体実験が行われていた反省を踏まえ、「自由意思」は法律で決まっているのですが、日常生活で自分を後回しにしてしまう癖は、この「自由」というところが欠けているのです。

自由を奪う、まわりの目や忖度

「今日のランチ」くらい気軽なものならいいですが、とは言え食事も自分の体、健康を左右する大切な選択ですね。
大きな判断ほど責任も大きくなり、決めるのに覚悟が必要です。また、他人か絡むことになると、相手のことも考え、どんどん判断が難しくなります。
自分以外にやる人がいない、自分がやらないといけない、他の人に迷惑をかける、常識的に、仕事だから、親の責任だから、男だから、女だから、などなど、いろんな条件に意志が引っ張られてしまいます。
自分で決めたつもりでも、あれこれ配慮や忖度をして、自由に決められていない、これが原因です。しかも無意識に。
しかし、その条件を決めているのも自分です。その条件、自分が「決めつけているもの」ではないか、見直してみてくださいね。「常識的」…社会で生活する上で大切ですが、国が変われば常識もかわります。日本の常識が海外では通じないことは多々あります。また「男だから、女だから」なんてことを、このご時世で発言すると叩かれますが、自分のことになると目をつむってしまい、子供の面倒は私が見ないと・・・なんて一人で抱えてしまっていたりするママさんも多いです。逆に”奥さんがしてくれる”と頼ってしまっている旦那さんも、まだまだ多いです。


先日、ナイトドクターの録画を見ていたのですが、よくある子供の熱くらいで夜間に病院を受診するのは非常識と思われる…と母親が言っていたのを聞いて心が痛みました。色々な人に気を使う人ほど、結論は「私がやらなきゃ」や「私なら大丈夫」に行きついてしまいます。でも、まわりを忖度して、自分の犠牲を払いすぎ、自ら、自分の自由意思を奪うと私のように限界を迎えてしまいますよ。ほんと、要注意です。いや、警告を出します。みなさんの持つ慈愛の心は、自分にも向けられるべきなのです。自分が燃え尽きてしまってはダメなのです。

意思の撤回も自由

治験は、途中で気が変わったら、いつでも同意を撤回することができます。これも法律で決まっています。今、頑張り過ぎていることがあれば、判断を変えることを考えてください!

私も、今まで仕事でしんどいこともありましたが、なんとか踏ん張ってきました。でも、今回は無理!このままじゃ自分がヤバい!と気付き、ようやく判断を変えました。頑張るだけが能じゃなかったのです。状況を伝え、今の仕事を変えてもらうようお願いすると、上司もそんな状況になっていたことに気づいていなかった、申し訳ない、あなたの気持ちを優先しますと、事は転じました。後回しにせず、今の自分の気持ちを正直に伝えるということも大事です。

しんどい状況は何度も繰り返していたので、私のカルマがここにあるとは薄々気づいていましたが、見て見ぬふりをしていたが故に、ドーンときっついやつがきました(笑)

最近の同僚との合言葉は、「自分の身は自分で守る」(笑) 工事現場など危険な所で働いている訳ではないのにおかしいですよね。デスクワークなのに。

今、目の前の一瞬一瞬の選択の連続が、自分の未来を造り上げます。目の前の状況が望んでいないものならば、今変えないとこのままですよ。

本当はどうしたいのか、意識すること。変わろうと意識を切り替えること。色々考慮すべき事はありますが、全ては自分の手のひらの上にあります。自分を後回しにする選択は、自分の意思で、もう、やめましょう。

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